こんにちは。「本当の自分」とつながる生き方をお伝えしている星野です。
「親を恨んでしまう自分は、スピリチュアル的に良くないのだろうか」
「恨みの感情は波動を下げる、と聞いてから、恨むたびに怖くなる」
「『魂の学び』『カルマ』と言われても、どうしても腑に落ちない」
——もし、いま挙げたことに、ひとつでも心当たりがあるのなら。この記事は、あなたのお役に立つと思います。
先に、いちばん大切な結論をお伝えします。
親を恨むことは、スピリチュアル的に「悪いこと」ではありません。
恨みの感情によって、罰が当たることも、運が悪くなることもありません。
むしろ、恨みを「いけないもの」として怖れ、心の奥に押し込めることのほうが、あなたをずっと苦しめます。
私は心療内科のカウンセラーとして約2,000名の方のお話をうかがい、心の学校で15年以上、親子関係に悩む方々と向き合ってきました。
その中には、スピリチュアルの教えを真剣に学んだ方ほど、恨みの感情に罪悪感を重ねて、二重に苦しんでいる——そんな姿が、本当に多くありました。
この記事では、その苦しさの正体と、恨みが自然と消えていく道すじをお伝えします。
親を恨むのは「悪いこと」ではありません
まず、これだけは覚えておいてください。
感情そのものに、良いも悪いもありません。
うれしい、悲しい、腹が立つ、恨めしい——。
どの感情も、心が動いた結果として、自然に湧いてくるものです。
「湧いてきてしまうもの」を、意志の力で止めることは、誰にもできません。
あなたが親を恨んでいるのは、それだけ深く傷ついた出来事があったからです。
傷ついた心が「痛い」と訴えている——ただ、それだけのこと。
恨みは、あなたの霊性が低い証拠でも、魂が未熟な証拠でもありません。
あなたが人として、まっすぐに傷ついてきた証なのです。
スピリチュアルの教えが、かえって苦しくなる三つの理由
スピリチュアルの教えそのものが、間違っているとは言いません。
救われた方も、たくさんいらっしゃいます。
でも、親への恨みを抱えた人にとって、次の三つの教えは、かえって心を苦しめてしまうことがあるのです。
一つ目:「魂の学び・カルマ」——傷に、ふたをしてしまう
「親との問題は、魂の学びです」
「過去世からのカルマの解消です」
こう言われたとき、多くの方の心の中では、こんなことが起きています。
「学びなのだから、恨んではいけないんだ」
まだ癒えていない傷の上に、「学び」という美しい言葉で、ふたをしてしまう。
痛みは消えていないのに、「受け入れたつもり」になろうとする。
でも、ふたの下で、傷はそのまま残り続けます。
だから、頭では納得したはずなのに、ふとした瞬間に、また恨みがこみ上げてくるのです。
二つ目:「恨みは波動を下げる」——感情を、怖れさせてしまう
「ネガティブな感情でいると、悪いことを引き寄せる」
この教えを信じるほど、恨みが湧いてくるたびに、恐怖が重なります。
「早く消さなきゃ」
「こんな気持ちでいたら、不幸になってしまう」
感情に、恐怖のラベルが貼られてしまうのです。
でも、考えてみてください。
恨みを感じて、さらにその恨みに怯えて、消そうと戦って——。
この状態こそが、心をいちばん消耗させます。
あなたを苦しめていたのは、恨みそのものではなく、「恨んではいけない」という戦いだったのです。
三つ目:「親を選んで生まれた」——自分を責める材料になってしまう
「あなたは、その親を選んで生まれてきたのです」
この言葉で救われる方もいます。
でも、深く傷ついている方にとっては、こう聞こえてしまうことがあります。
「選んだのは自分。だから、苦しいのも自分のせい」
つらい記憶に加えて、「自分のせい」という重荷まで背負わされてしまう。
これでは、心が休まる場所がありません。
もし、この言葉に苦しんできたのなら、どうか一度、そっと下ろしてください。
その説を信じなければ救われない、ということはありません。
では、恨みはどうなっていくのか——第三の道があります
「恨んでもいいのは分かった。でも、恨みを抱えたまま生きるのもつらい」
その通りです。
無理に消す必要はない。でも、抱えたままも苦しい。
実は、この二つの間に、第三の道があります。
夜空に浮かぶ満月を、想像してみてください。
雲がかかると、月は見えなくなります。
でも、雲の向こうで、月はいつだって、まんまるに輝いています。
恨みや悲しみは、月にかかった雲のようなもの。
そして雲の奥には、どんなに深い恨みを抱えていても傷ひとつ受けていない、本来のあなた——本当の自分が、ずっとそこにあります。
答えは、シンプルです。
本当の自分と出会うことです。
本当の自分に出会うと、心が満たされていきます。
順番は「本当の自分に出会う→心が満たされる→行動が変わる」。
雲(恨み)と戦うのではありません。
波動を上げようと頑張るのでもありません。
満月そのものに、まず気づく。
すると、恨みという雲は、罰も裁きもないまま、自然と消えていくのです。
そして、ここでお伝えする感謝は、「親はありがたい」と無理に思い込むことではありません。
そのままを、そのままとして認める心のことです。
つらかったことは、つらかったままでいい。そこから、すべてが始まります。
長年の学びで感謝できなかった女性が、心から感謝できた話
ここで、ある方の話を紹介させてください。
(プライバシーに配慮し、お名前は伏せ、内容を一部ぼかしています)
60代の女性で、会社を経営されている方でした。
その方は、何十年ものあいだ、心の教えを真剣に学び続けてこられました。
けれど、どれだけ学んでも、心の底から感謝の気持ちが湧いてこない。
「感謝しなければいけないのに、できない」——そんなご自身を、長年、責め続けていたそうです。
「このまま人生を終えていいのだろうか」という思いを抱えて、その方は、本当の自分に気づいていく学びに出会いました。
教えを増やしたのではありません。
ご自身の奥にある、本来の輝きに気づいていっただけです。
すると、あれほど湧いてこなかった感謝が、努力ではなく、内側から自然にあふれてきたのです。
ご本人は、こう話されています。
「心の底から感謝できるようになって、人間に戻れた気がしました」
その後、ご兄弟やご家族との関係も、次々と変わっていったそうです。
何十年の学びで届かなかった場所に、たったひとつの「出会い」が届く。
感謝は、教えで作るものではなく、満たされた心から、勝手にあふれてくるものなのです。
今日からできる、小さな習慣
1. 恨みが湧いたら、「あってもいい」とまるをつける
恨みの感情が湧いてきたら、消そうとせず、心の中でこう言ってあげてください。
「ああ、恨みがあるんだな。あってもいいよ」
ジャッジせずに認めた感情は、戦っていた頃より、ずっと静かになっていきます。
2. 美点発見——自分の「良いところ」をひとつ書く
佐藤康行のメソッドに、「美点発見」という実践ワークがあります。
今日のあなたの良いところを、ひとつだけ書き出してみてください。
「つらいのに、ここまで読んだ」——それで十分です。
些細なことでいいので、たくさん書くことが何より大切です。
3. 静かな一分間、雲の奥の満月を思い浮かべる
目を閉じて、夜空のまんまるの満月を思い浮かべ、心の中でつぶやきます。
「まんまる満月、まんまる満月」
恨みは、月にかかった雲。
雲は流れていくけれど、月そのものは、一度も欠けたことがありません。
よくあるご質問
Q. 親を恨んだままだと、バチが当たったり、カルマが残ったりしませんか?
恨みの感情で罰が当たることは、ありません。
感情は、心が傷ついたときに自然に湧く反応であって、裁かれる罪ではないのです。
怖れを手放して、まず「恨みがあってもいい」と認めるところから、心は軽くなり始めます。
Q. 亡くなった親を恨んでいます。成仏の妨げになるのでは、と不安です。
あなたの感情が、亡くなった方の行き先を左右することはありません。
むしろ、あなた自身の心が満たされていくと、記憶の中の親の見え方が変わり、心の中での和解が自然に起きていきます。
和解は、いつからでも、どこからでも始められます。
Q. 感謝できない私は、霊的に未熟なのでしょうか?
いいえ。感謝は、努力や修行の成果ではありません。
本当の自分と出会い、心が満たされたとき、あとから自然とあふれてくるものです。
「感謝できない」と悩めるあなたは、未熟どころか、誠実に心と向き合ってきた方なのです。
まとめ——恨みは、裁かれるものではなく、消えていくもの
- 親を恨むことは、スピリチュアル的に悪いことではありません。罰も、バチもありません
- 「魂の学び」「波動」「親を選んで生まれた」——教えが傷にふたをし、恐怖と自責を重ねることがあります
- 苦しみの正体は、恨みではなく「恨んではいけない」という戦い
- 出口は、本当の自分と出会うこと。心が満たされると、恨みは自然と消えていきます
- 感謝は、そのままをそのままとして認める心。無理に作るものではありません
あなたはもう、十分に学び、十分に頑張ってきました。
恨みを抱えたままの自分に、罰を怖れる毎日に、今日で区切りをつけて大丈夫です。
雲の向こうには、いつだって、まんまるの月が輝いています。
もし、この記事を読んで「スピリチュアルの答え探しを、もう終わりにしたい」と感じてくださったなら。
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無理に親を許す必要も、つらい過去を掘り返す必要もありません。
あなたのペースで、心がほどけていく時間を、ご一緒できたらうれしいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
